☆倭姫の宝珠の願い☆

☆☆☆倭姫の願い☆☆☆

☆大宇宙の真理-合理性を知らしめる倭姫☆

Princess Japan Yamatohime showing the truth and the rationality of the Philosophy in the Mankind World

☆ 宝珠

如意宝珠-Cintamani
(にょいほうじゅ チンターマニ 梵: चिन्तामणि [cintaamaNi])とは、仏教において様々な霊験を表すとされる宝の珠のこと。サンスクリット語でチンターとは「思考」、マニは「珠」を指す言葉で、「意のままに様々な願いをかなえる宝」という意味である。如意宝、如意珠、または単に宝珠(ほうじゅ、ほうしゅ)とも呼ばれる。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A6%82%E6%84%8F%E5%AE%9D%E7%8F%A0

http://en.wikipedia.org/wiki/Cintamani

☆ 下記掲載の画像作品 ☆:

http://www.pict-jp.net/odakobo/kannon.html

倭姫

2016年12月13日火曜日

The last true SAMURAI - Japanese Spirit : 小野田寛郎



2010/08/16 に公開

JAPAN - Righteousness _ Bravery _ Gentleness
Second Lieutenant Hiroo ONODA Never Surrender.
【命を懸けて日本をお護りくださりありがとうございました。】
【命を懸けて日本人の誇りをお守りくださりありがとうございました。】

Filipino is a good friend of Japanese.
Friendship of Japan and Republic of the Philippines forever.

1974年3月小野田少尉の投降の儀式の際、
フィリピン共和国の兵士は整列し捧げ銃で小野田少尉を迎えた。
Major General Jose L. RANCUDOは、
武士の魂である日本刀を受け取らなかった。

ランクード空軍司令官は「Happy birthday to ONODA san」と歌い
小野田少尉の新たな誕生日を祝った。

President MARCOSは小野田少尉へ言った
「貴方は立派な軍人です。
貴方の強い意志は尊敬に値いします。
私も貴方も同じ目的、国を護る為に戦いました。」
彼らは皆、「武士道精神」を持った誇り高き紳士的な軍人であった。
これは「水師営の会見」に並ぶ称賛に値する行いである。

One Soldier kept fighting for 30years.
One Male lived through for 30years in Jungle.

目覚めよ日本人! 誇りあれ日本國!

一死報國、七生報國

「拾った命に感謝し、二人の戦友を戦後になって
戦死させたという負い目を背負って、私は残り人生を生きていく。」

誠の侍 小野田寛郎陸軍少尉の言葉

勇ましき日本軍武士の皆様、
今を生きる私達と
私達の光、天皇陛下を中心とした
歴史と伝統と文化と正義の国を
命を懸けてお護り頂きありがとうございました。

心優しき御英霊の皆様、澄みわたる美しき国
日本をお守り頂きありがとうございました。

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小野田 寛郎 : Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E9%87%8E%E7%94%B0%E5%AF%9B%E9%83%8E

小野田 寛郎(おのだ ひろお、大正11年(1922年)3月19日 - 平成26年(2014年)1月16日)は、日本の陸軍軍人、実業家。最終階級は予備陸軍少尉。旧制海南中学校・久留米第一陸軍予備士官学校・陸軍中野学校二俣分校卒。

情報将校として太平洋戦争に従軍し遊撃戦(ゲリラ戦)を展開、戦争終結から29年目にしてフィリピン・ルバング島から帰還を果たした。

生い立ち
大正11年、和歌山県海草郡亀川村(現・海南市)にて父・種次郎(県議会議員)、母・タマエ(教師)の間に小野田家の四男として生まれる。
旧制海南中学校時代は剣道選手として活躍。中学校卒業後は民間の貿易会社(田島洋行)に就職し、中華民国漢口支店勤務となり中国語を習得。
なお、長兄・敏郎は東京帝国大学医学部・陸軍軍医学校卒の軍医将校(終戦時最終階級陸軍軍医中佐)、次兄・格郎は陸軍経理学校卒の経理将校(最終階級陸軍主計大尉)で、弟・滋郎はのちに陸軍士官学校に入校し航空部隊関係の兵科将校(最終階級陸軍少尉)となっている。これら兄弟は相当のエリートかつ高学歴の現役陸軍将校であったが、寛郎だけは軍人の道を歩まずまた旧制高等学校への進学もしておらず、兄弟の中では経歴・学歴面では浮いた存在である。

軍歴
上海の商事会社で働いていた昭和17年(1942年)12月、満20歳のため徴兵検査徴募)を受け本籍のある和歌山歩兵第61連隊(当時同連隊は戦地に動員中のため、その留守部隊)に現役兵たる陸軍二等兵として入営。同時に留守部隊をもとに編成された歩兵第218連隊に転属、同連隊にて在営中に甲種幹部候補生予備役将校を養成)を志願しこれに合格、昭和19年(1944年)1月に久留米第一陸軍予備士官学校へ入校する。卒業後、中国語や英語が堪能だった事から選抜され同年9月に陸軍中野学校二俣分校入校、主に遊撃戦の教育を受け、退校命令を受領(中野学校は軍歴を残さないため卒業ではなく退校を使用)。11月に事実上の卒業後、見習士官陸軍曹長)を経て予備陸軍少尉に任官。

同年12月、フィリピン防衛戦を担当する第14方面軍情報部付となり、残置諜者および遊撃指揮の任務を与えられフィリピンに派遣。当地では第14方面軍隷下の第8師団参謀部付(配属)となっており、その師団長横山静雄陸軍中将から「玉砕は一切まかりならぬ。3年でも、5年でも頑張れ。必ず迎えに行く。それまで兵隊が1人でも残っている間は、ヤシの実を齧ってでもその兵隊を使って頑張ってくれ。いいか、重ねて言うが、玉砕は絶対に許さん。わかったな」の訓示を受けている[1]。派遣にあたり、高級司令部が持っている情報は全て教えられ、日本が占領された後も連合国軍と戦い続けるとの計画であった。なお派遣前、母親からは「敵の捕虜となる恐れがあるときには、この短刀で立派な最後を遂げてください」と言われ短刀を渡された(この短刀は帰国後に実家に帰った際に母親に返している)[2]

同月31日、ルバング島に着任。着任後は長期持久体制の準備に努めるが、島内の日本軍の一部の隊には引き上げ命令が出ていたため戦意が低いことと、小野田には指揮権がないため相手にされず、昭和20年(1945年)2月28日のアメリカ軍約1個大隊上陸後、日本軍各隊はアメリカ軍艦艇の艦砲射撃などの大火力に撃破され山間部に逃げ込んだ。小野田は友軍来援時の情報提供を行うため、部下と共に遊撃戦を展開した。ルバング島は、フィリピンの首都マニラの位置するマニラ湾の出入口にあり、この付近からマニラを母港とする連合国軍艦船、航空機の状況が一目で分かるため、戦略的に極めて重要な島であった。



https://en.wikipedia.org/wiki/Hiroo_Onoda

Hirō Onoda (小野田 寛郎 Onoda Hirō?, March 19, 1922 – January 16, 2014) was an Imperial Japanese Army intelligence officer who fought in World War II and was a Japanese holdout who did not surrender in 1945. After Onoda spent 29 years holding out in the Philippines, his former commander traveled from Japan to personally issue orders relieving him from duty in 1974.[1][2] He held the rank of second lieutenant in the Imperial Japanese Army.

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「生き抜く」最後の日本兵・小野田寛郎



2013/06/26 に公開

【必見】
零のかなたへ〜THE WINDS OF GOD〜 (2005 09 10放映/神風特別攻撃隊)
http://www.youtube.com/watch?v=IqmTU2...

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小野田寛郎少尉健在 2011.08.15 靖国神社


2011/08/26 にアップロード
全国戦歿者追悼中央国民集会より

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小野田 寛郎 陸軍少尉.1/8



2015/09/25 に公開

https://www.youtube.com/watch?v=MgJ4u... .2

小野田 寛郎は、日本の陸軍少尉
陸軍中野学校二俣分校卒。 情報将校として大東亜戦争に従軍し遊撃戦を展開、戦争終結から29年目にしてフィリピン・ルバング島から帰還を果たされた。

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小野田寛郎 陸軍少尉.2/8



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小野田寛郎 陸軍少尉.3/8



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小野田寛郎 陸軍少尉.4/8



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小野田寛郎 陸軍少尉.5/8



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小野田寛郎 陸軍少尉.6/8



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小野田寛郎 陸軍少尉.7/8



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小野田寛郎 陸軍少尉.8/8



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