☆倭姫の宝珠の願い☆

☆☆☆倭姫の願い☆☆☆

☆大宇宙の真理-合理性を知らしめる倭姫☆

Princess Japan Yamatohime showing the truth and the rationality of the Philosophy in the Mankind World

☆ 宝珠

如意宝珠-Cintamani
(にょいほうじゅ チンターマニ 梵: चिन्तामणि [cintaamaNi])とは、仏教において様々な霊験を表すとされる宝の珠のこと。サンスクリット語でチンターとは「思考」、マニは「珠」を指す言葉で、「意のままに様々な願いをかなえる宝」という意味である。如意宝、如意珠、または単に宝珠(ほうじゅ、ほうしゅ)とも呼ばれる。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A6%82%E6%84%8F%E5%AE%9D%E7%8F%A0

http://en.wikipedia.org/wiki/Cintamani

☆ 下記掲載の画像作品 ☆:

http://www.pict-jp.net/odakobo/kannon.html

倭姫

2016年9月21日水曜日

このままでいいわけがない  小泉純一郎大いに語る「自民党は、どうかしている」「日本人よ、目を覚ませ!」 


小泉純一郎大いに語る「自民党は、どうかしている」「日本人よ、目を覚ませ!」

このままでいいわけがない

2016・8・27 「週刊現代」

講談社
毎週月曜日発売


「週刊現代」2016年8月20日・27日合併号より

【独占】
取材・構成/横田一

① http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49478

2年半前、都知事選の舞台に突如上がり、国民を驚かせた小泉氏。以来、公の場に姿を現す機会の少なかった氏が、再び立ち上がろうとしている。今度こそ全ての日本人に、大切なことを伝えるために。

安倍がダメならオレがやる

今年の春、私は衝撃的な映像を目にしたんです。それは'11年3月11日、あの東日本大震災の日に、いわゆる「トモダチ作戦」で福島近海に入った米軍兵士が、スマホで撮影したものでした。

東北の被災地にヘリで向かい、救援活動にあたった兵士たちが、福島沖に停泊している空母「ロナルド・レーガン」に戻ってきた。すると、放射能測定器がガーガー鳴り始める。兵士たちはパニックです。「終わりだ」「オレたちは今、核のホロコースト(大虐殺)の真っただ中にいるんじゃないか」と叫ぶ声も入っていました。

映像を見せてくれたのは、日系4世で広島被曝2世のエイミー・ツジモトさんという方です。エイミーさんは「ここで被曝した兵士たちはその後体調を崩し、除隊を余儀なくされた人もいる。なのに、日米両政府は取り合ってくれない。小泉さんがアメリカに来てくれれば、ニュースになるかもしれない」と言う。それで私は5月、カリフォルニア州サンディエゴへ飛んだのです。

東日本大震災以後、「原発即時ゼロ」を主張し、国内外で活動を続けている小泉純一郎元総理が、約1時間に及ぶ本誌の独占インタビューに応じた。

普段マスコミの前で多くを語ることのない小泉氏だが、この日彼には「日本国民に訴えたいこと」があった。それは、自ら発起人となって先月設立した「トモダチ作戦被害者支援基金」への寄付だ。

日本ではあまり知られていないが、「トモダチ作戦」で被災地支援に参加した米兵のうち約400人が、その後被曝によると思われる健康被害で除隊を強いられ、7名が白血病などで亡くなっている。

「日本のために全力を尽くしてくれた彼らを、日本人として見過ごすことはできない。政府が動かないのなら、われわれがやる」


— 小泉氏はそう話す。


NEXT   最低でも1億円集めたい。

② http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49478?page=2


7月5日に基金創設の記者会見を開き、東京新聞に一面広告も出しました。1ヵ月足らずで、もう3000万円を超える額が集まっています。募集期限は来年の3月31日ですが、少なくとも1億円は集めたいね。

原発事故当時は海に向かって風が吹くことが多かったから、放射性のプルーム(雲)が、停泊していた空母を直撃した。しかも空母では海水を濾過し、真水にして使うそうですが、放射性物質までは取り除けない。シャワーや料理に使う水もすべて汚染されていたから、兵士たちは原発事故の最前線で、内部被曝と外部被曝のダブルパンチを受けたのです。

彼らは帰国後、鼻血が出たり、下血したり、腫瘍ができたり、原因不明の体調不良に襲われた。ところが、海軍病院の医者に診てもらっても「放射能が原因とは言い切れない」と、因果関係を認めてもらえませんでした。

被災者救援に携わった海兵隊は、米軍でも一番訓練が厳しい部隊として有名です。貧しい家庭の出身で、体ひとつで身を立ててきた隊員が多いとも聞いています。そうした頑強な若者たちが400人も、普通ならあり得ないような体調不良を訴えている。被曝と関係があるとしか考えられない。

アメリカは医療費が高いので、病院にもなかなか行けません。再就職をしようにも、体が衰弱しているから難しい。薬も高い。そういう話を聞いて、20代や30代の未来ある若者が困っていると知ってしまったからには、同情だけでは済まない。行動しないといけません。

私は10名の兵士たちと会ったのですが、その時「日本に対して何か言いたいことはありますか」「後悔していませんか」と全員に聞きました。でも彼らは、恨みがましいことは言わないんだ。「日本のことは今も大好きです」「僕らは、全力で任務にあたっただけです」と答えてくれた。記者会見のときには、そのやりとりを思い出して、思わず涙が出てしまってね。

現在、彼らは東電とGEを相手取ってアメリカで訴訟を起こしています。入隊のときに「何があってもアメリカ政府を訴えない」という誓約書を書いているから、政府を訴えることはできないんです。


NEXT  読売新聞に公告を断られた

③  http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49478?page=3

当然ながら、東電は「原発事故と体調不良に因果関係があるとは断定できない」と賠償を拒否しています。アメリカの裁判は日本と違って、原告も被告も徹底的に情報開示をしないといけませんから、「トモダチ作戦」に加わった兵士の本当の被曝線量など、表に出したくない情報が出てきてしまう。それだけは何としても避けたいのでしょう。

日本政府も沈黙しています。実は訪米前に、外務省の北米局長に会ってこの話をしたのですが、「政府として法的には何もできない」と言っていました。

基金を設立したときも一悶着ありました。信頼できる知人に「発起人になってくれないか」と頼んで回ったんですが、なかなか受けてくれない。ある財界人は「私の一存では決められない。会社に相談してみる」と持ち帰ってはくれたけど、結局NG。だから、もう少数精鋭でやろうと思ったんです。

新聞広告も、東京新聞だけでなく読売新聞にも申請していたんです。ところが読売は「裁判で係争中の事案は掲載できない」と断ってきた。理解できませんよ。だって、現に健康被害を受けている人、病に苦しんでいる人がいるわけだから。裁判でどっちが勝とうが負けようが、困っている人たちを助けなければいけないことに変わりはないでしょう。

つまり、日本でもアメリカでも、いまだに原子力ムラは強大な勢力を保っている、それどころか息を吹き返しつつあるということです。被曝した兵士がいることなんてほとんど報道されないし、支援基金に協力してくれる財界人は皆無に等しい。最終的に発起人は、'14年に一緒に脱原発を訴えて都知事選を戦った細川護煕元総理と、大野剛義(元さくら総合研究所社長)さん、吉原毅(城南信用金庫相談役)さん、そして私の4人でやることになりました。

でも、男気にあふれる申し出もありました。基金設立を知った建築家の安藤忠雄さんが、「これは日本人として絶対に見過ごせない問題だ」と、8月18日に、大阪で大規模な講演会を開いてくれることになったのです。安藤さんは「会費1万円で1000人集めて、収益は基金に全て寄付するから、小泉さんが講演してくれないか」と言うから、「喜んで行きます」と快諾しましたよ。
実は安藤さんとは、総理をやっていた時からの付き合いでね。安藤さんは当時、産業廃棄物が不法投棄されていた瀬戸内海の豊島に美術館を作り、一大観光地に変えた。それを総理時代に見に行って、「大したもんだ」と思ったんです。いま安藤さんはガンを患っていて大変なのに、意気に感じて立ち上がってくれたんですね。

進次郎は協力してくれないのかって?あいつはあいつで忙しいみたいですからね。この前も「地元(横須賀)の人が用意してくれたから、行かなきゃ」って、祭りのハッピを着て急いで出て行きましたよ。進次郎は、そうやって普段から地元を回っているから(選挙に)強いんだ。一度当選してしまうと、地元をまめに回らなくなるのが普通の国会議員なんだけど、進次郎は違うんです。だって、あいつは選挙のときはヨソの議員の応援に行かないといけないから(笑)。

トモダチ作戦の基金のことは、まだちゃんと話してはいないけど、私の本(原発や基金について語り下ろした『黙って寝てはいられない』、扶桑社刊)は読んでいますよ。どう思うかは本人次第。進次郎は進次郎だから。

それにしてもこの前、基金創設を発表するために細川さんと一緒に記者会見を開いたら、やって来た記者はほとんど都知事選、小池(百合子)さんの質問ばかりでしたね。原発の話題で、こんなにたくさん記者が集まるのか、とぬか喜びしちゃったよ。「小泉さんは都知事選に出馬しないんですか」という質問まで出た。冗談じゃないよ(笑)。

NEXT  安倍総理につたえたこと

④ http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49478?page=4

小池さんは大変でしたね。応援した議員は一族郎党含めて、みんな自民党を除名だと脅された。私もあれには呆れて、ある新聞記者と会った時に、「あの通達はひどい」「オレが小池さんを応援したら、進次郎は除名になるんだって」とこぼしたんです。その発言がそのまま紙面に載って、ちょっとした騒ぎになったみたいですが。

前回('14年)の都知事選では、私は自公推薦の舛添(要一前都知事)さんではなく細川さんを応援したけれども、当時の自民党はそんなことは言っていなかった。都議会や各地の県議会には、それぞれ自民党のボスがいて、国会議員を上回るほどの力を持っている。それで今回、あんな話が出たんでしょう。自由と民主主義を標榜する自民党のはずなのに、笑っちゃうよね。ちょっと、どうかしてるんじゃないか。

小池には期待している

小池さんは、原発やエネルギー政策については「できる限り自然エネルギーにシフトしてゆきたい」と公約している。私が政界を引退してからはもう長いこと会っていないけど、ぜひ頑張ってほしい。彼女は小泉政権でも「クールビズ」を普及させたり、昔からアイデアウーマンだから。

鹿児島でも、原発再稼働反対を掲げて、三反園訓さんが県知事に当選しました。脱原発を訴えて知事になった彼は偉いよ。鹿児島に会いに行かないといけないな。県知事に面と向かって反対されたら、さすがに九州電力だって、川内原発を動かし続けるわけにはいかないでしょう。

昨年以降、原発の再稼働が各地で始まっています。この夏にも、愛媛の伊方原発がまた動き出す。しかし、日本はもうこの5年間、ほとんど原発に頼らずやってきた。この事実は重いですよ。「原発即時ゼロ」でも大丈夫なんだと、もう証明されてしまっているんですから。

私は以前、安倍総理に会ったとき、はっきりと「原発ゼロにすべきだ」と言いました。安倍さんは笑いながら聞いていたけれど、総理大臣が方針さえ示せば、国民は共感して、ついてきてくれるはずなんです。私だって総理のときは「原発は必要だ」と考えていた。だけど、後からそれが間違いだと分かった。日本人全体が、今こそ目を覚ますときだと思います。

「過ちては改むるに憚ることなかれ」。自分が間違っていたと思ったら、いつでも意見を変えればいい。私はまだ、諦めていません。

「週刊現代」2016年8月20日・27日合併号より

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

RELATED ARTICLES
「安倍総理は強引」「進次郎には資質がある」
小泉純一郎元首相が独白録に込めた怒りと希望  

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

2016・03・02

小泉純一郎元首相が独白録に込めた怒りと希望

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48042

常井 健一
撮影:常井健一

独占インタビューの舞台裏

「安倍さんは全部強引、先急いでいるね」「進次郎が総理になる資質、他の議員に比べればあるよ」

豪放直言。小泉純一郎元首相(74)の独白本が発売され話題を集めている。長時間の取材には一切応じなかった小泉氏が、なぜいま口を開いたのか。その舞台裏と、小泉氏が内に燃やす「野心」について、インタビュアーとなったノンフィクションライターの常井健一氏が明かす。

政界引退後もなお、その記憶が語り継がれ、人気の衰えを知らぬ小泉純一郎元総理(74)。総理退任から10年という節目に初のロングインタビューに応じ、無名のフリーライターである筆者の質問に4時間半にわたって真摯に答えた。その記録をまとめたのが、2月25日に上梓した『小泉純一郎独白』(文藝春秋社刊)だ。

筆者(36)は、2012年末、人気・知名度の割にメディア露出が極めて少ない政治家・小泉進次郎(34)に興味を持ち、全国各地で密着取材を始めた。以来3年間、街頭演説や講演、視察、党内活動、地元回りなど、彼の肉声を拾った機会は全国300か所以上にも及ぶ。

小泉進次郎氏を追えば追うほど、方々で「原発ゼロ」を明確に訴える父・純一郎氏と、「誰もが原発なしを望んでいる」と議論の必要性を訴えながら、いまいち歯切れの悪い進次郎氏との違いが気になっていた。そこで筆者は思い切って純一郎氏に取材を申し込んでみた。

今回のインタビューを実現するのに、なにか秘策があったわけではない。筆者はこれまで進次郎氏の取材でも同氏の事務所から便宜供与を受けたことはないし、純一郎氏につながる特別なコネクションを持っているわけではない。

取材を申し込む際にいつも使う「銀座 伊東屋」の便箋7枚に、思いを込めて手紙を書いただけだ。
純一郎氏本人から筆者の携帯に電話があったのは、その11日後のことだ。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48042?page=2

溢れる「現役感」

ウラもオモテもない。それが、すべてだった。

沈黙を守り続ける大物の独占インタビューというものは、概して、受ける側に何かメリットがあるから受けるものだ。主導権も受け手側が握ることになる。そう考えると、純一郎氏にも彼なりの目論見があったのだと思う。

1つ目は、「原発ゼロ」についての主張を保守論壇で展開したかった、ということ。リベラルな新聞社や出版社の媒体に掲載したのでは、もともと支持しているような人たち以外に広がりにくい。そこで『文藝春秋』という保守系の雑誌に載ることに意味がある。純一郎氏が電話で「インタビュー、受けるよ」と言った後、すぐに掲載媒体について確認された覚えがある。

2つ目は、正月号に載せたかったということ。月刊誌や週刊誌は、正月号の第一特集が一番読まれるものだ。普段雑誌を買わない人も帰省の移動中などに買ってくれる。

インタビューを始める前に、純一郎氏から「何月号に載せるの?」と聞かれ、「11月発売号です」と答えると、「もっと練ったほうがいいよ」と言われた。結局正月号に載せることになったが、結果として世の注目も集まり、朝日、毎日、読売の論壇面でもこの記事が取り上げられることになった。
3つ目は、筆者がフリーランスだったから。小泉純一郎という政治家は、昔から雑誌やスポーツ紙にも自分の意見が載ることを重んじる人だった。支持の裾野がより広がるから、ということだろう。今回も、「若い無名のライターに、オープンに書かせる」というのは、ある種の小泉流のイメージ戦略でもあったと思う。

インタビューの会場となったのは、東京・赤坂にある小料理店「津やま」。政財界の重鎮や大物芸能人がこよなく愛する名店だが、小泉氏にとっては政治の師・福田赳夫に紹介されて以来、40年以上も晩酌をしに通う〝台所〟である。筆者が約束の10分前に到着すると、純一郎氏はすでに一人で待ち構えていた。

初対面にもかかわらず非常にざっくばらんで、何を聞いても包み隠さず話してくれたのが印象的だった。まず、緊張する筆者に対し、「あなたの書いた進次郎の本読んだよ。あれほど取材しているのは強いよ」とねぎらいの声をかけてくれた。

おそらく多くの読者は街頭で大声を張り上げる純一郎氏のイメージが強いと思うが、実際の声は、思いのほか小さい。取材用のボイスレコーダーにきちんと収まっているのか、終始心配せずにはいられなかったほどだ。

郵政解散の時、記者会見に臨む前に参加した経団連の奥田碩会長(当時)との会合で、日本酒を二合飲んだという逸話を明かした際に、「酒と女は二ゴウまで」という言葉がふっと出てきたり、趣味の短歌を幾つも披露したり、ユーモアとサービス精神も感じられた。

また、「発表する前に原稿をチェックさせて」などと、三流政治家が我が物顔で注文してきそうな野暮なことは一切言わない。筆者も、彼の発言をまとめた原稿を事前確認ナシで「文藝春秋」新年号に掲載した。

今回の書籍にあたっても、純一郎氏から電話がかかってきた際に「書籍にします」と切り出すと、「あぁ、いいよ。常井さんの名前で書くなら。お好きに出してください」という明快で歯切れの良い返事をもらった。筆者は、今回の仕事を通じて、現職時代の「小泉純一郎にオフレコなし」という評判は本当だったのだと痛感した。それぐらい「現役感」が溢れている。

NEXT  続々と語られる秘話

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48042?page=3

父が語った「政治家・小泉進次郎」

拙著のキモは、異例の本人取材で明らかになった純一郎氏と、かつて自身が後継指名した安倍晋三氏との違いである。

先述のように、小泉政権時代には純一郎氏に厳しい目を向ける雑誌記者やフリーランスにもきめ細かく対応をしていたが、安倍政権の場合は、総理を中心にフジサンケイグループなど比較的思想の近いメディアに露出する傾向がある。さらに野党や反対派の異論に対しても、二人の対応は実は大きく異なる。

純一郎氏は安保法制や憲法改正などを例示し、「安倍さんは全部強引、なんか先急いでいるね」と批判するなど、本書の中で「総理大臣とはどうあるべきか」を饒舌に語っている。ただ、そんな中でも「総理大臣」という職務に対する「敬意」は強く感じた。それは年下で派閥の後輩でもある安倍首相のことを一度も呼び捨てにせず、「総理」と呼び続けたことに端的に表れている。

先ほど、インタビューは受け手が主導権を握るものと書いた。しかし、こちらも政治家の言いなりになるわけではない。純一郎氏に宛てた依頼の手紙には「原発ゼロの主張についてお聞きしたい」と書いたが、その話は1時間ほどで切り上げ、残りは政治家・小泉純一郎の頭の中をのぞき込むような質問に徹した。

自身の政治遍歴、塩川正十郎氏や綿貫民輔氏との交遊、小沢一郎氏との知られざる接点、二人の息子たちや今の暮らしぶりなど、これまでベールに包まれていて、読者の関心が高そうな話も聞き出せたのではないかなと思っている。

純一郎氏は、「郵政民営化は田中政治を潰す、経世会を倒すためにやったという意識はなかったよ」などと、これまで歴史家や評論家の間で定説とされてきた解釈を次々と否定し、本人の口からまったく別の意図を話した。手前味噌になるが、そういう意味では日本政治史の定説を覆す野心的なロングインタビューという位置づけにもなったのではなかろうか。

また、人気俳優へと成長した長男・孝太郎氏や、各種世論調査で常に「総理にしたい人」のトップクラスに名が挙がる次男・進次郎氏を振るたび、目を細くして嬉しそうに語っていた。4時間半にも及ぶ取材が終わる頃、純一郎氏の顔はすっかり「父」の顔になっていた。

特に、進次郎氏については筆者が批判的な質問をいろんな方向から投げても、純一郎氏は全面的に擁護し、「進次郎には総理の資質、他の議員に比べればあるよ」と断言した。

NEXT  「遺言」どころではない

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48042?page=4

今回、純一郎氏の取材を通して気づいたのは、進次郎氏が取り組んでいる政策には、小泉構造改革でやり残した課題が多いということだ。一つは社会保障や雇用・教育のあり方、一つは農林中金のあり方を含む農協改革や第一次産業についての課題、一つは電力自由化に関連するエネルギーのあり方である。

最近、進次郎氏は「2020年以降は日本の第二創業期だ」と言い始めているが、筆者はそれを「第二の小泉構造改革の始まり」と解釈している。

では、原発ゼロ社会実現という主張は、親から子に引き継がれるのだろうか。純一郎氏は「それは自分で決めるもんだよ」と言っていたが、3か月にわたって純一郎氏の講演行脚を密着してきた中で見えてきた原発ゼロへの「ロードマップ」については、本書の中に詳しく示しておいた。ぜひご一読いただきたい。

小泉純一郎の「これから」

純一郎氏は現在74歳。古希を超える人物のインタビューとなると、普通はタイトルのどこかに「遺言」の2文字が躍るものだが、そんな気が微塵も湧いてこないほど、同氏には生気が漲っていた。
筆者が純一郎氏と最後に話したのは昨年末。「これからも原発ゼロ、まだ訴え続けていきますから。よろしく」と彼は最後に言っていた。私はこれまで多くの政治家にインタビューしてきたが、これほどのエネルギーを有する政治家は現職でも知らない。

この3月にも福島で講演活動をするなど、血気盛んな青年代議士のように全国を飛び回る純一郎氏を見ていると、近い将来、彼の中でマグマが抑えきれなくなり、隠居生活をやめて表舞台に出てくる可能性は否定できないような気がしている。

「人生の本舞台は常に将来に在り」。これは純一郎氏がいつも講演の締めに使う尾崎行雄の言葉である。純一郎氏の「本舞台」の胎動をぜひ本書から感じ取ってもらいたい。


豪放直言 小泉氏初の独白録


常井健一(とこい・けんいち)ノンフィクションライター。1979年茨城県生まれ。朝日新聞出版入社後、『AERA』で政界取材を担当。退社後、オーストラリア国立大学客員研究員。2012年末からフリー。著書に『小泉進次郎の闘う言葉』『保守の肖像 自民党総裁六十年史』など

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

0 件のコメント:

コメントを投稿